一葉知秋(いちようちしゅう)とは、木の葉が一枚落ちることで、秋の来る気配を察するように、些細な兆しから、大きな動きや後の凋落を予測すること。
2012.04.29 Sun
古舘伊知郎氏、報道ステーションにて、
「その追求をすることはできませんでした。“原子力ムラ”というムラが存在します・・」
古舘伊知郎は、原発問題の核心を報道することに規制が入ったことを匂わせる言い回しをしました。また、言及すると番組を下されることも匂わせた。
しかし、裏を返せば。番組側としても事実を追求したが、阻止された。つまりこれは
・番組は事実を伝えているという印象を視聴者に与えることができる。
・原発問題の関係者は追及されることを逃れた。
という構図が浮かび上がる。報道ステーションのディレクターは韓国人です。週刊誌でも掲載されましたね。世界野球では、グランドに韓国と日本の旗を立てようとか、冷凍餃子事件では子供が瀕死の状態になったにも関わらず、「日本人の浮かれた生活も問題ですね」とか、「中国にとっては痛手ですね」という発言は日本人なら、聞き逃せません。
いずれにしても、古舘伊知郎氏が番組を下されることはありえません。なぜなら、番組をおろされれば、さらに「その理由」を言及されるからです。
つまり、視聴者は「報道ステーションは事実を報道しようとしている」という印象、
古舘伊知郎氏は、実は真剣に報道しているという印象を
まんまと植え付けられたのかも知れない。
という可能性がある。
ゼロでない可能性は、いつ起きても、現実であっても不思議ではありません。
ゼロでない可能性への対処をおろそかにして、後から慌てふためくのは愚か者です。
洞察力を研ぎ澄まし、事前に対策を講じるのが私たちにできる最善の策です。
以下、テンプレ。
ゼロでない可能性があるならば、いつ起きても、現実であっても不思議ではありません。
ゼロでない可能性への対処をおろそかにして、後から慌てふためくのは愚か者です。
洞察力を研ぎ澄まし、事前に対策を講じることが私たちにできる最善の策です。
思い過ごしであったならば『現在持っている情報が正しかった』わけですから、めでたしで終わります。しかし、思い過ごしでなかった場合どうなるでしょう?ゼロでない可能性が現実であった場合を天秤にかけて、そのリスク・被害と事前に想定し、対策を講じた場合のリスク回避の必要性をしっかりと考えるべきです。私たちの生活だけでなく、家族や子供の命にもかかわるかも知れないのですから。東日本大震災とその後の人災被害、政府のデマをあなたは知っているはずです。
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